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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)163号 判決

大阪市北区中津2丁目8番D-329号

原告

青木隆明

同訴訟代理人弁理士

板谷康夫

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官

高島章

同指定代理人

塩沢克利

高橋邦彦

中村友之

吉野日出夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成3年審判第5198号事件について平成5年7月30日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和60年5月21日名称を「自動車用ホイールのハンプリング取付装置」とする考案(以下「本願考案」という。)について、実用新案登録出願(昭和60年実用新案登録願第75591号)したところ、平成3年1月18日拒絶査定を受けたので、同年3月14日審判を請求し、平成3年審判第5198号事件として審理されたが、平成5年7月30日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年8月26日原告に送達された。

2  本願考案の要旨

ホイールの回転軸心と同心の真円により形作られる内周面と、同じく回転軸心から若干量だけ偏心した真円により形作られる外周面とを備えた肉厚高さの不均一なハンプリングの左右一対を、相互に非対称な位置関係として、ホイールにおけるリムの所期するハンプ生成位置へ嵌め付け」なり、該ハンプリングは、該リムが2ピースの場合、該2ピースのリムの組立てに先立って嵌め付けられた連続環状の構成とし、若しくは環状一部に一定開口幅の切欠きを付与した構成とし、該リムが1ピースの場合、環状部に切欠きを設けた構成としたことを特徴とする自動車用ホイールのハンプリング取付装置(別紙図面1、第1図ないし第8図参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本願考案の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)〈1〉  昭和54年特許出願公開第90705号公報(以下「引用例1」という。)には、「ホイールの回転軸心と同心の真円により形作られる内周面と、同じく回転軸心から若干量だけ偏心した真円により形作られる外周面とを備えた肉厚高さの不均一なハンプ部分の左右一対を、相互に非対称な位置関係とし、ハンプ部分の一部を一定幅で切欠き状態とした1ピースリムからなる自動車用ホイールのハンプ構造」(別紙図面2参照)が記載されている。

また、昭和56年特許出願公告第40041号公報(以下「引用例2」という。)には、「ホイールリムに環状溝を設け、この環状溝にハンプリングを嵌め付け、該ハンプリングは環状一部を切り欠いて開口部を設けたホイールのハンプリング取付構造」(別紙図面3参照)が記載されている。

〈2〉  本願考案と引用例1記載の発明とを比較すると、両者は、次の点で一致している。

「ホイールの回転軸心と同心の真円により形作られる内周面と、同じく回転軸心から若干量だけ偏心した真円により形作られる外周面とを備えた肉厚高さの不均一なハンプ部分の左右一対を、相互に非対称な位置関係として、ハンプ部分の一部を一定開口幅で切欠き状態とした自動車用ホイールの構造」

しかし、引用例1には、本願考案が、「ハンプリングをホイールにおけるリムの所期するハンプ生成位置へ嵌め付けてなる」点は、記載されていない。

〈3〉  上記相違点である「ハンプリングをホイールにおけるリムの所期するハンプ生成位置へ嵌め付けてなる」構成について考察すると、本願明細書の記載からみて、これは「ホイールリムにハンプリングを嵌合すべく所定位置に環状の凹溝を設け、この凹溝部分にハンプリングを嵌め付けてハンプを構成したもの」と解される。

一方、引用例2には、「ホイールリムに環状溝を設け、この環状溝にハンプリングを嵌め付けた」点が記載されており、したがって、上記相違点である構成は、引用例2に記載されているといえる。

また、ホイールリムにリングを嵌合してハンプを構成することは従来周知である(昭和58年実用新案出願公開第182804号公報、昭和50年特許出願公開第149002号公報、昭和50年特許出願公開第31503号公報)ので、この点を考慮すると、引用例1に記載のホイールリムのハンプにかえ、引用例2に記載のようなハンプリングを嵌合して本願考案のごとく構成することは、当業者がきわめて容易になし得たものといわざるを得ない。

そして、本願考案が、上記のように引用例1記載の発明に引用例2記載のリングを適用して本願考案のごとく構成したとしても、新たに格別顕著な作用効果を奏するものとは認められない。

〈4〉  したがって、本願考案は、2つの引用例に記載された発明に基づいて、当業者がきわめて容易に考案することができたものと認められ、実用新案法3条2項の規定により実用新案登録を受けることができない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、本願考案の要旨、引用例2に審決認定の技術内容が記載されていること、本願考案と引用例1記載の発明との相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、引用例1記載の発明及び本願考案の技術内容を誤認して一致点の認定を誤り、本願考案、引用例2記載の発明及び周知技術の技術内容を誤認して相違点の判断を誤り、本願考案の顕著な作用効果を看過したものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)

審決は、引用例1に、「ホイールの…内周面と、…外周面とを備えた肉厚高さの不均一なハンプ」が記載されているとの認定を前提に、本願考案と引用例1記載の発明とは、「ホイールの回転軸心と同心の真円により形作られる内周面と、同じく回転軸心から若干量だけ偏心した真円により形作られる外周面とを備えた肉厚高さの不均一なハンプ部分の左右一対を、相互に非対称な位置関係として、ハンプ部分の一部を一定開口幅で切欠き状態とした自動車用ホイールの構造」の点で一致すると認定している。

しかしながら、引用例1記載の発明の技術的課題(目的)は、左右非対称に形成した偏心ハンプを有したホイールリムを提供することにある。そして、引用例1記載の発明においては、肉厚一様のホイールリムに一部が半径方向に延びる部分を有する非対称の隆起を一体に設けてハンプを形成することが示されているだけで、「内周面と外周面で肉厚高さの不均一なハンプ」は示されていない。このように、ホイールリムに部分的に半径方向に延びる非対称の隆起を一体に設けて偏心ハンプを形成する構成では、その製造のために、ハンプを有していない通常のホイールリムを製造する既存の金型とは別個の特殊な金型が必要となり、その金型作成のために高度な機械加工技術を要し、製造コストがきわめて高くつく。しかも、各種の大きさ、形状のリムに対して適応する偏心ハンプを提供するとなると、きわめて高価となり、現実には困難である。

これに対して、本願考案の技術的課題(目的)は、ハンプリングを厚みの不均一な偏心リング形態として、リムにハンプリング取付け用の複雑な加工を一切施す必要がなく、ハンプリングの左右一対を相互に非対称としたハンプリング構造を提供すること(本願明細書2頁9行ないし14行)、既往のホイールに対して簡単に適用できるハンプリング構造を提供すること(同6頁7行ないし8行)、後付け使用することができる偏心ハンプリングを提供すること(同8頁4行ないし7行)にあり、本願考案は、その技術的課題を達成するため、要するに、内周面と外周面とで肉厚高さの不均一なハンプリングを左右非対称な位置関係にリムを嵌め付けた構成を採用している。

そうすると、審決の一致点の認定は誤りである。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)

審決は、相違点に係る本願考案の構成を、「ホイールリムにハンプリングを嵌合すべく所定位置に環状の凹溝を設け、この凹溝部分にハンプリングを嵌め付けてハンプを構成したもの」と解されると認定し、また、周知技術を考慮すると引用例1記載の発明のホイールリムのハンプにかえ、引用例2記載の発明のようなハンプリングを嵌合して本願考案のごとく構成することは、当業者がきわめて容易になし得たと認定判断している。

しかしながら、相違点に係る本願考案の構成を上記のように解する必然性はなく、リムには何らの加工を施すことなく、リムヘハンプリングを嵌め付け、接着や溶接等により固定すればよい(本願明細書4頁2行ないし6行、別紙図面1、第1図ないし第4図、第6図参照)。

また、引用例2記載の発明及び周知技術に示されるハンプリングは、肉厚高さの不均一な形態ではなく、あくまでも、同心二重円による肉厚高さの均一な形態であり、したがって、仮に、引用例1記載の発明のホイールリムのハンプにかえて引用例2記載の発明のようなハンプリングを嵌合することをすることを想定しても、その場合には、リムのハンプ生成位置へ深さの不均一な受入れ用凹周溝を設けることになり、本願考案の構成とはならない。このことは、本願明細書が、「ハンプリングが例えば同心二重円により画定される肉厚高さの均一な形態であるとすると、…リムのハンプ生成位置へ、深さの不均一な受け入れ用凹周溝を設ける必要があり、そのため複雑な偏心加工を施さねばならない。従って、ホイールの製品コスト高やその品質のバラツキなどを招来する。」(7頁8行ないし14行)と記載しているとおりである。

したがって、審決の上記認定判断は誤りである。

(3)  取消事由3(本願考案の奏する作用効果の看過)

審決は、引用例1記載の発明に引用例2記載の発明のリングを適用して本願考案のごとく構成したとしても、新たに格別顕著な作用効果を奏するとは認められないと判断している。

しかしながら、本願考案は、前記(1)で述べたような技術的課題(目的)を達成でき、顕著な作用効果を奏するものであり、審決は、この顕著な作用効果を看過している。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2(1)  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

原告は、一致点の認定につき、その前提である引用例1記載事項の認定の誤りを主張する。

そして、その誤りは、引用例1には、「肉厚一様のホイールリムに一部が半径方向に延びる部分を有する非対称の隆起を一体に設けてハンプを形成すること」が示されているだけで、「内周面と外周面で肉厚高さの不均一なハンプ」は示されていないということである。

しかしながら、引用例1には、特にFIG.4、5及びその説明(4頁左上欄9行ないし17行、5頁左上欄4行ないし13行における記載内容)からして、「左右非対称に形成したホイールリムにおいて、当該偏心ハンプをホイールリムのビード座の高さから連続的に、徐々に隆起させて所定高さまで進み、次に徐々に連続的にビード座の高さまで減少して戻る構成としたもの」が記載されている。しかも、ハンプを構成する隆起部分は、ホイールの回転軸心と同心で円形に形作られるビード座面(内周面)と、同じく回転軸心から若干量だけ偏心した円形の外周面とを備えており、内周面と外周面で隆起高さの不均一なハンプとして形成されている。

また、当該隆起部分は、所定角度のみ設けられているものであるからして、ハンプ部分の一部を一定幅で切欠き状態としてある。

したがって、引用例1記載の発明の認定及び本願考案との一致点の認定に、原告の主張する誤りはない。

(2)  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

原告は、審決において、相違点に係る本願考案の構成を、「ホイールリムにハンプリングを嵌合すべく所定位置に環状の凹溝を設け、この凹溝部分にハンプリングを嵌め付けてハンプを構成したもの」と解されると認定したことの誤りを主張する。

しかしながら、本願考案に、「凹溝に嵌め付けてハンプを構成したもの」が含まれることは、その要旨及び第5図に示されている実施例からみて明らかであり、原告の主張には理由がない。

また、原告は、引用例2記載の発明及び周知技術に示されるハンプリングは、「肉厚高さの不均一な形態ではなく、あくまでも、同心二重円による肉厚高さの均一な形態であり、したがって、仮に、引用例1記載の発明のホイールリムのハンプにかえて引用例2記載の発明のようなハンプリングを嵌合することをすることを想定しても、その場合には、リムのハンプ生成位置へ深さの不均一な受入れ用凹周溝を設けることになり、本願考案の構成とはならない」と主張する。

しかしながら、審決において、引用例2を引用するとともに周知技術を示した趣旨は、相違点としてあげた本願考案の要旨に含まれる「ハンプリングをホイールにおけるリムの所期するハンプリング生成位置へ嵌め付けてなる構成」が公知であったことを示したのであって、肉厚高さが均一であるハンプリング自体を引用したものでないことは、審決説示に照らせば、明らかである。

ホイールリムのハンプを引用例1に記載のごとき形状、すなわち、FIG.5に記載のごとく、内周面と外周面とで隆起高さの不均一な形状のハンプとして構成するに際して、引用例2に記載された「ハンプリング取付け構造」を採用することにより、ハンプリングをホイールリムとは別体として構成するとともに、当該ハンプリングをホイールリムに嵌合することにより上記形状を有したハンプとして構成すれば、本願考案のごとくに構成できるものであって、審決は、そのように構成することは、当業者がきわめて容易になし得たものといわざるを得ないとしたものであるから、審決における相違点の認定判断に、原告の主張する誤りはない。

(3)  取消事由3(本願考案の奏する作用効果の看過)について

原告は、本願考案の技術的課題(目的)は、「ハンプリングを厚みの不均一な偏心リング形態として、リムにハンプリング取付け用の複雑な加工を一切施す必要がなく、ハンプリングの左右一対を相互に非対称としたハンプリング構造を提供すること」、「既往のホイールに対して簡単に適用できるハンプリング構造を提供すること」、「後付け使用することができる偏心ハンプリングを提供すること」であって、本願考案は、当該技術的課題(目的)を達成できる顕著な作用効果を奏する旨主張する。

しかしながら、原告の主張する作用効果は、ハンプリング自体の奏する作用効果及び「ハンプリング取付け構造」を採用することにより奏する作用効果にすぎず、これらの作用効果は、当業者にとって当然予想できる範囲内のものであって、顕著な作用効果ということはできない。

したがって、審決における作用効果の認定判断に、原告の主張する誤りはない。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願考案の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について検討する。

1  甲第2号証(昭和60年5月21日付実用新案登録願書)、同第3号証(平成2年8月24日付手続補正書、以下「手続補正書1」という。)、同第4号証(平成3年3月14日付手続補正書、以下「手続補正書2」という。)によれば、本願明細書には、本願考案の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本願考案は、自動車用ホイールのハンプリング取付装置に係る。(願書添付の明細書(以下「明細書」という。)2頁8行ないし9行、手続補正書1、2頁6行)

(2)  従来のハンプリング取付装置としては、引用例1記載の発明のもののように、ホイールと一体に偏心したハンプリングを加工したものがあるが、このような装置では、ホイールと一体に偏心したハンプリングを製造するには、高度な機械加工技術を要し、高価となる。

上記とは別のハンプリング装置としては、引用例2記載の発明のように、ホイールのフランジに予め設けた穴に、ハンプリング側に形成したストッパーを嵌め込むことにより、ハンプリングをホイールに取り付けたものが知られているが、このような装置では、ハンプリングが左右非対称に偏心していないので、タイヤのホイールの装着作業及びタイヤをホイールから外す作業はきわめて困難である。また、同装置においては、タイヤの脱落防止効果を上げるには、ハンプリングの厚みを高くする必要があるが、そうすると、益々タイヤの装着、取外し作業が困難になる。さらに、また、このような構造では、ハンプリング取付け用の穴が予じめ設けられたホイールにのみ、ハンプリングを装着可能であって、既往のホイールに対して事後的にハンプリングを装着することはできない。

本願考案は、上記従来の問題点を解決するものである。(手続補正書1、2頁7行ないし3頁11行、手続補正書2、2頁4行ないし6行)

(3)  本願考案は、上記課題を解決するため、要旨記載の構成(手続補正書2、3頁2行ないし16行)を採用した。

(4)  本願考案は、その構成により、次のとおりの作用効果を奏する。(明細書、7頁3行ないし8頁5行)

〈1〉 ホイールのリムに複雑な加工を一切施す必要がない。

リムに、ハンプリングの受入れ用凹周溝を設ける場合にも、溝の深さを均一として、著しく容易にかつ高精度に加工することができる。

〈2〉 偏心リング形態の後付けハンプリングにより、パンクしたタイヤの脱落防止やその新品タイヤとの交換作業性等を高めることができる。

〈3〉 ハンプリングの環状一部に、一定開口幅の切欠きを具備させておくならば、リムの一体な1ピース型や組立て式の2ピース型等に左右されることなく、確実に後付け使用することができる。

2  取消事由1(一致点の認定の誤り)について

(1)  原告は、審決が、引用例1には、「ホイールの…内周面と、…外周面とを備えた肉厚高さの不均一なハンプ」が記載されているとの認定をしたことが誤りである旨主張する。

(2)  そこで、検討するに、甲第7号証(昭和54年特許出願公開第90705号公報)によれば、引用例1には、発明の技術的課題、構成について、次のように記載されていることが認められる。(別紙図面2、FIG.1ないしFIG.5参照)

〈1〉 技術的課題について

「 本発明は空気タイヤ用車輪に関し、そして特にタイヤの使用時、とりわけ非膨張状態の時ビードが離座することを最小にするよう設計された車輪に関する。」(3頁右上欄1行ないし4行)

「 本発明による車輪は自動タイヤ装架、取外しを可能にし、一方、タイヤを膨張、非膨張状態の両方で使う時タイヤのビード部分をそのビード座にしっかり維持する装置を提供する。」(3頁左下欄17行ないし20行)

〈2〉 構成について

「 本発明によって作られた車輪は半径方向に延びる部分を持ち、該部分は一端における半径方向の高さ0の所から徐々に増加し、周辺長に沿って予め決められた最大の半径方向高さまで進み、次にその他端の半径方向高さ0の所まで減少する。半径方向に延びる部分はその半径方向高さの最大点で呼称リム直径から半径方向外方に、車輪上に装架されたタイヤのビード体の半径方向最内点が呼称リム直径から半径方向外方に延びる距離に少なくとも等しい距離だけ延びている。延ばされる部分が延びる最大半径方向の距離はリムのフランジ高さの1/2に等しい。」(3頁右下欄1行ないし12行)

もう少し具体的には、

「 第2図、第3図を参照すると、非対称安全隆起17、18は半径方向に延びる部分20、22を設けられている。図面から分かるように、半径方向に延びる部分20、22の各々は、車輪10の回転軸線に直角に延びる面内で見て、この軸線の半径方向に測った高さを持ち、この高さは部分の一端では値は0であり、そしてこの一端から連続的に徐々に予め決められた高さまで増加し、そして次に連続的に徐々に部分の他端における値0まで減少して戻る。」(4頁右上欄2行ないし11行)

「 第4図を参照すると、半径方向に延びる部分20、22の各々はその半径方向の高さの最大の点で呼称リム直径NRDから半径方向外方に、少なくとも距離Wに等しい距離Hだけ延びている。距離Wは呼称リム直径から車輪10に装架され、設計膨張圧力に膨張したタイヤのビードコアーの半径方向最内点までの半径方向の距離である。本発明の目的のため、呼称リム直径NRDはタイヤの回転軸線に平行で、車輪のビードのかゝと部に接する線として画定される。半径方向に延びる部分20、22は、呼称リム直径NRDから測った半径方向高さHの最大点で、フランジ高さBの約1/2にしい最大距離だけ半径方向に延びている。」(4頁右下欄5行ないし18行)

これらの記載及び別紙図面2、FIG.1ないしFIG.5より、引用例1記載の発明は、車輪10の左右のくぼみ部16とビード座14、15との間に各々非対称の安全隆起17、18が、車輪と一体に形成されており、これら非対称の安全隆起は、一端から連続的に徐々に決められた高さまで増加し、次に連続的に徐々に他端における高さの値0まで減少するような半径方向に延びる部分20、22より成っていると認められる。また、肉厚という面からみれば、この非対称の安全隆起は、ほぼ等しい肉厚を持つものである。

(3)  前記(2)の認定事実に基づいて本願考案と引用例1記載の発明との一致点を考えるに、引用例1記載の発明の車輪10は、本願考案の自動車用ホイールのリム10に相当すると認められる。

そして、本願考案は、要旨記載のようにハンプ(その語義に照らし「こぶ」とか「低く丸い丘」を意味するものと解される。)部分を、リムとは別の肉厚不均一なリングにより形成したものであるのに対し、引用例1記載の発明は、前記(2)認定のように車輪(リム)と一体に隆起高さが不均一になるようにリムから膨出してハンプ部分を形成したものである。

審決は、引用例1には、「ホイールの回転軸心と同心の真円により形作られる内周面と、同じく回転軸心から若干量だけ偏心した真円により形作られる外周面とを備えた肉厚高さの不均一なハンプ部分」が記載されていると認定し、その上で、該認定部分が本願考案と一致しているとしている。

しかしながら、肉厚とは、一般に機械において部材の該当部分における材料の厚さを称するものであり、引用例1記載の発明のハンプ部分は、同一厚さを有するリムと一体に膨出して形成しているため肉厚がほぼ均一なものである。本願考案は、ハンプ部分を別体のリングで構成しているから、内周面と外周面で形成される肉厚不均一なハンプリングの意味が判然とするのに対し、引用例1記載の発明は、ハンプ部分がリムと一体に膨出により形成されているため、内周面と外周面とで形成されるのは肉厚均一なハンプ部分であり、肉厚不均一なハンプ部分ではないといわざるを得ない。

(4)  したがって、本願考案と引用例1記載の発明とは、隆起高さという側面からみれば、ホイールの内周面と外周面とで隆起高さが不均一なハンプ部分が形成されているという点で共通しているが、本願考案のハンプ部分は内周面と外周面の肉厚高さが不均一なハンプ部分であるのに対し、引用例1記載の発明のハンプ部分は内周面と外周面との肉厚高さが均一なハンプ部分であるから、審決が両者は「ホイールの…内周面と、…外周面とを備えた肉厚高さ不均一なハンプ部分」の構成を有する点において一致すると認定したのは、誤りというべきである。

しかしながら、審決は、一致点の認定に続き、「本願考案が『ハンプリングをホイールにおけるリムの所期するハンプ生成位置へ嵌め付けてなる』点は、引用例1には記載されていない」ことのみを相違点として挙げているが、相違点の判断においては、「引用例2に『ホイールリムに環状溝を設け、この環状溝にハンプリングを嵌め付けた』点が記載されている」とした上、さらに、「ホイールリムにリングを嵌合してハンプを構成することは従来周知である…ので、この点を考慮すると、引用例1のホイールリムのハンプにかえ、引用例2に記載のようなハンプリングを嵌合して本願考案のごとく構成することは、当事者がきわめて容易になし得たもの」と判断していることに照らすと、その趣旨は、前記引用例2及び周知技術に基づき、引用例1記載の発明に形成されている隆起高さが不均一なハンプの隆起高さに合わせて肉厚不均一なリングを形成し、本願考案と同一の構成とすることは当業者がきわめて容易になし得たものと判断していることが明らかである。

そうすると、審決は、本願考案における肉厚不均一なリングを形成するという構成の容易性を相違点の判断において示していることになるから、その当否は、相違点の判断の当否に帰着し、前記一致点の認定の誤りは、審決の結論に影響しないというべきである。

3  取消事由2(相違点に対する判断の誤り)について

(1)  審決は、相違点として、本願考案が、「ハンプリングをホイールにおけるリムの所期するハンプ生成位置へ嵌め付けてなる」点は、引用例1記載の発明には記載されていないとしているところ、原告は、審決が該相違点に係る本願考案の構成を、「ホイールリムにハンプリングを嵌合すべく所定位置に環状の凹溝を設け、この凹溝部分にハンプリングを嵌め付けてハンプを構成したもの」と解されると認定したことは誤りであると主張している。

(2)  そこで、前記主張の当否について検討すると、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、その1実施例として、「このようなハンプリング(R1) (R2)の左右一対は、第1~3図から特に明白な通り、相互の非対称に位相変化した状態として、上記インナーリム(11)とアウターリム(12)のハンプ生成位置(a) (b)へ、その両リム(11) (12)の組立てに先立って各々嵌め付けられ、且つ接着や溶接、リベット、その他の固定手段により固定一体化される。」(3頁20行ないし4頁6行)と記載されていることが認められ、この場合は、ハンプ生成位置としてリム上に溝等の特別な工夫がしてある訳ではない。

しかしながら、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、別の実施例として、「その場合、ハンプリング(R1) (R2)の嵌め付けに当たっては、第5図に例示する通り、両リム(11) (12)の所期するハンプ生成位置(a) (b)に、そのロールによる塑性加工や旋盤による切削加工などの手段で、均一な一定深さ(H)のハンプリング受け入れ用凹周溝(16)を設けておき、その内部ヘハンプリング(R1) (R2)を上記と同様に各々嵌め付け一体化することが、その位置決め上並びに固定強度上好適である。又、逆に上記凹周溝(16)に代る凸周条を設けておいて、これにハンプリング(R1) (R2)を被着させる如く、各々嵌め付け固定することも考えられる。」(4頁16行ないし5頁7行)と記載されていることが認められ、この実施例では、リムのハンプ生成位置に凹周溝及び凸周条を設けていることは明らかである。

そして、本願明細書の実用新案登録請求の範囲には、前記1(3)認定のように、「ハンプリングの左右一対を…ホイールにおけるリムの所期するハンプ生成位置へ嵌め付けてなり、」と記載されているのみであり、当然、本願明細書において他の実施例とされているハンプ生成位置に凹周溝を設けたものも「所期するハンプ生成位置」に含まれると認められるのであるから、原告の前記主張は採用できない。

(3)  一方、甲第8号証(昭和56年特許出願公告第40041号公報)によれば、引用例2には、その特許請求の範囲に、「前記ビードシートのタイヤビードに隣接するところの環状溝をもうけ、前記環状溝にビードシートよりは外径の大きい弾性体からなるリングを埋設し、」(1欄22行ないし25行)と記載され、また、発明の詳細な説明には、「さらに本発明による1対のビードシートの円周方向に設置された環状溝5と、環状溝5に埋設された弾性体からなるリング6を有する。」(3欄2行ないし5行、別紙図面3、第1図ないし第8図参照)と記載されていることが認められ、これによれば、審決が認定するように、「ホイールリムに環状溝を設け、この環状溝にハンプリングを嵌め付けた」構造が記載されていることは明らかである。

(4)  そして、乙第1号証(昭和57年実用新案登録願第81895号の願書添付の明細書のマイクロフィルムの写し)には、名称を「リム外れ防止用ホイールリム」とする考案について、「本考案のホイールリム(1)は、ビードシート部(2)の軸方向内側に弾力性を有するタイヤビード係止用の突起(3)を付設している。」(3頁5行ないし7行)、「突起(3)は…平坦なホイールリム(1)にゴムの環状体を嵌合しこれによって突起(3)を形成するものの他、…ホイールリム(1)にゴムの環状体を嵌合するための凹溝(7)を形成してその嵌着によって突起(3)を形成することもでき、このとき突起(3)の軸方向の移動をほぼ確実に固定することができる。」(3頁17行ないし4頁3行)と記載されており、また、同第2号証(昭和50年特許出願公開第149002号公報)には、名称を「空気タイヤ用リム組立体」とする発明について、「リムの各フランジの内側に形成されたビードシート部において、タイヤのビード部内側に隣接する位置に環状溝を設け、この環状溝にビードシート部の外周半径より大きい外周半径を有する剛体からなる少なくとも2個の円弧片をリング状に接合して埋設し、各円弧片の少なくとも1箇所の接合を段継ぎのビス止めとしたことを特徴とする空気タイヤ用リム組立体」(1欄5行ないし12行)と記載されており、さらに、同第3号証(昭和50年特許出願公開第31503号公報)には、名称を「車輪リム構体」とする発明について、「非伸張性環状体は直径約8mmの円形横断面を有するリング13の形をなし、且つ上記リングの全体としての内径はリムベース11の直径よりわずかに小さく且つ取付け用フランジ3および12の半径方向外方の部分15および16の湾曲面により形成される実質上V形状のみぞ内に堅固に位置決めされるように配列されている。」(5頁左下欄3行ないし9行)と記載されていることが認められ、これらのことからすれば、審決認定のとおり、「ホイールリムにリングを嵌合してハンプを形成する」、すなわち、ハンプをホイールリムと一体に膨出により形成することに代えて、ホイールリムとは別体のリングを作り、これをホイールリムに嵌合してハンプを形成することは、本出願前、周知であったと解される。

(5)  原告は、引用例2記載の発明及び周知技術に示されるハンプリングは、肉厚高さの不均一な形態ではなく、あくまでも、同心二重円による肉厚高さの均一な形態であり、したがって、仮に、引用例1記載の発明のホイールリムのハンプにかえて引用例2記載の発明のようなハンプリングを嵌合することを想定しても、その場合には、リムのハンプ生成位置へ深さの不均一な受入れ用凹周溝を設けることになり、本願考案の構成とはならない旨、主張する。

(6)  たしかに、引用例2記載の発明及び周知技術は、肉厚高さの均一なリングを示すものであって、不均一な偏心リングを示すものではない。しかしながら、ハンプをリングで構成するという該周知の技術手段が示されているのであるから、ハンプにおける隆起高さに合わせて、リングの肉厚を形成しようとすることは、当業者であれば通常考え得たことである。そして、引用例1には不均一な隆起高さをもつハンプが示されているのであるから、この隆起高さに合わせて肉厚不均一なリングを形成することは、当業者がきわめて容易に考え得たことであると解される。

しかも、肉厚均一なリングに代えて肉厚不均一なリングとすることに、何ら技術上の問題があるとは考えられない。

(7)  審決が、「ホイールリムにリングを嵌合してハンプを構成することは従来周知である…ので、この点を考慮すると、引用例1のホイールリムのハンプにかえ、引用例2に記載のようなハンプリングを嵌合して本願考案のごとく構成することは、当業者がきわめて容易になし得たものといわざるをえない。」と判断しているのは、単に、相違点で挙げている「ハンプリングをホイールにおけるリムの所期するハンプ生成位置へ嵌め付けてなる」点のみでなく、上記のように、リングを肉厚不均一として構成する点をも含めて判断しているものと解されることは、前記2(4)に判示のとおりであるが、この点を含め審決の相違点の判断に誤りはないというべきである。

4  取消事由3(本願考案の奏する作用効果の看過)について

(1)  原告は、本願考案は、顕著な作用効果を奏するのに、審決は、これを看過した旨主張する。

(2)  本願考案は、前記1(4)認定のとおり、同項〈1〉ないし〈3〉の作用効果を奏するものと認められる。

そこで、まず、ホイールのリムに複雑な加工を施す必要がないこと(〈1〉)、既存のホイールに対し後付け使用可能であること(〈3〉)という作用効果について検討する。

前掲甲第8号証によれば、引用例2記載の発明について、その明細書に、「本発明は、深底形は言うまでもなく各種のリムに適用可能なものである。」(2欄8ないし9行)、「本発明は、極めて合理的にして確実なビードハズレ防止用リムの提案であり、述べるまでもなく2つ割りリム及び平底リムにも極めて容易に適用できるものである。」(6欄30行ないし33行)と記載され、また、前掲乙第1号証によれば、昭和57年実用新案登録願第81895号の願書添付の明細書に、「本考案は従来一般に用いられているホイールリムにそのまま適用できしかもリム外れを有効に防止するとともにリム組み作業を容易ならしめる」(2頁18行ないし20行)、「また前記突起(3)は…平坦なホイールリム(1)にゴムの環状体を嵌合しこれによって突起(3)を形成するものの他、…ホイールリム(1)にゴムの環状体を嵌合するための凹溝(7)を形成してその嵌着によって突起(3)を形成する」(3頁17行ないし4頁2行)と記載され、前掲乙第3号証によれば、昭和50年特許出願公開第31503号公報の明細書に、「上記構造は従来のタイヤビードに関して有効である。」(8頁左下欄18行ないし19行)と記載されていることが認められ、そうすると、本願考案の奏する前記作用効果〈1〉〈3〉は、ハンプをリングによって構成することによって得られる作用効果にすぎず、引用例2記載の発明及び周知技術のハンプリングが当然有している作用効果にすぎないというべきである。

(3)  さらに、パンクしたタイヤの脱落防止やその新品タイヤとの交換作業性を高める(〈2〉)という作用効果については、前掲甲第7号証によれば、引用例1記載の発明について、その明細書に、「本発明による車輪は自動タイヤ装架、取外しを可能にし、一方、タイヤを膨張、非膨張状態の両方で使う時タイヤのビード部分をそのビード座にしっかり維持する装置を提供する。」(3頁左下欄17行ないし20行)、「本発明によって作られた車輪は、車輪上にタイヤを手動で容易に又は自動的に装架することを可能にし、そしてタイヤのビード部への悪影響を最小にし、そしてタイヤが膨張及び非膨張の両状態で走行中ビードが離座する危険を最小にする。」(5頁左欄14行ないし18行)と記載されていることが認められ、このことからすると、上記作用効果は、引用例1記載の発明が示すような、ハンプの形状を左右非対称で、隆起高さを不均一にすることによって得られる作用効果にすぎないものということができる。

(4)  以上により、原告が主張する本願考案の作用効果は、引用例1及び2記載の発明並びに周知技術において示された作用効果を単に総和したにすぎず、当業者がきわめて容易に予測し得たものと判断される。

したがって、審決が、本願考案について、格別顕著な作用効果を奏するものではないとした判断に誤りはない。

5  以上のとおり、原告の審決の取消事由の主張は、いずれも理由がなく、審決に原告主張の違法はない。

第3  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は、理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 田中信義)

別紙図面 1

〈省略〉

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別紙図面 2

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別紙図面 3

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